米国の最優先課題

先週のドル円相場は、週半ばに戻りを試すものの、レンジ取引に終始した。週初、1ドル88円台後半でスタートしたドル円は、継続する金融システム不安を背景に88円27銭まで売り込まれた。

 しかし、英系金融機関の決算見通しが大幅に上方修正されるとの報道が出ると、クロス円が反転。日本政府が企業に対する公的資金投入スキーム(枠組み)を発表したことに加え、米政府が不良債権買取機構(バッドバンク)の設立を示唆すると、ドル円は90円79銭まで上昇した。

 そのレベルからは、本邦輸出勢など戻りを待つ向きからドル売りが持ち込まれ、頭重く推移。週後半に発表された米経済指標は予想を下回り、株式市場も軟調に推移すると、ドル円は再び89円台前半まで緩み、89円台後半で引けている。

 一方、ユーロドルは1.28台後半でスタート。英系金融機関の好決算見通しに加え、発表された独IFOが予想を上回ると、1.33台まで上昇。一時1.31台まで緩むも、上記米バッドバンク構想が好感されると、ユーロ円の上昇とともにユーロドルは1.3335までつけている。

 その後、ユーロ圏の消費者物価指数(CPI)が予想を下回り、欧州当局者から欧州中央銀行(ECB)の利下げの可能性が示唆されると、一転してユーロドルは1.2763まで緩み、1.28台前半で週を越えている。

 なお、注目の米連邦公開市場委員会(FOMC)では、予想通り政策金利が据え置かれたほか、米国債について「必要なら長期国債を購入する用意がある」と示した。

2 見通し:ドル円はレンジ継続か
 今週のドル円相場は、荒っぽい値動きながらも1ドル89円台を中心としたレンジ相場が継続すると予想する。米国をはじめ、各国の景気低迷を示す経済指標が続いており、株式市場が軟調に推移する状況の中、ドル円の下値リスクの高い状況に変わりはない。

 90円を超える水準での売りオーダーも引き続き多い状況だ。一方、景気下振れリスクと依然として利下げ余地がある欧州通貨に対してのドル買いの流れは継続しており、ドル円の下値も限定的となろう。注目は、難航していると言われる米バッドバンク構想の行方。長期的な財政赤字拡大懸念は残るものの、構想がまとまれば、ドル円も一時的に上値を探る可能性もある。

 また、5日のECB理事会も注意が必要だ。これまで政策金利据え置きとの見方が強かったが、先週発表されたユーロ圏CPIが予想を下回り、欧州当局者からも利下げ余地についての言及があり、今週に入り急速に利下げ観測が広まっている状況である。更に、週末の米雇用統計では、米国の雇用環境の厳しさを示すものとなろう。

 

3 ズバリ:今週の予想レンジ 予想レンジ 88.00~91.00円 米国の最優先課題
 先月に就任して以降、オバマ米大統領は低迷する景気回復を政府の最優先課題として取り組んでいる。大型景気刺激策に加えて、政府が金融機関から不良債権を買い取るバッドバンク構想を推し進めている。

 いずれも巨額な資金負担を要するものであることから議会の承認が難航しており、またその即効性に疑問が残るものではある。しかしながら、大規模でスピード感のある対策こそ市場の求めるもの。確かに、米国の財政赤字拡大はドル暴落の危険性をはらむものであるが、その懸念が表面化するのはしばらく先のこととなるだろう。

米国と同様に金融危機と景気低迷状況でありながら、大規模でスピード感のある対策を打てない欧州通貨に対するドル上昇地合いは、まだ続く可能性は高い。

— posted by サイト管理者 at 11:54 am  

京都国際マンガミュージアム

ジャパンクール:アニメやマンガで日本に興味 外国人向けツアーも 各国の翻訳版が並ぶコーナーでマンガを読む外国の旅行者たち=京都市中京区の京都国際マンガミュージアムで、小松雄介撮影 コスプレ愛好者と記念撮影をする外国人たち=京都市中京区の京都国際マンガミュージアムで、小松雄介撮影
 07年に日本を訪れた外国人は年間834万7000人。神社仏閣など従来の観光施設も人気だが、アニメやマンガに代表される日本のポップカルチャーという新たな「和」の側面に興味を持ち来日する外国人が増えている。京都では06年11月、国内初のマンガ博物館「京都国際マンガミュージアム」がオープン。来館者の約15%が外国人と、世界から注目を集める古都の新観光名所となっている。

 ◇「もう一つの日本」にも興味
 同館の書架には約5万冊のマンガがぎっしり。階段や床に座ったり、芝生に寝転がってマンガを読みふける外国人の姿も見られる。オーストラリア人夫婦は、2週間の日本旅行中に来館。夫のジョフリー・マットさんは「英語のマンガを読みたくて来ました。日本にこんな所があるなんて驚き」と、英語版「金田一少年の事件簿」を購入した。アイルランドのアニメーター、クリードナ・リオンさん(27)は「日本のマンガは物語性に主体を置いていて、描写も細かい。興味深いですよ」と笑顔を見せた。

 京都市と国内唯一のマンガ学部のある京都精華大が共同運営し、研究機関の機能も兼ね備える。昨年8月には約50カ国から約5万人が来館。海外からの視察・取材も80件以上にのぼり、マンガ文化への視線は熱い。

 同館ではコスプレイベントも不定期に開催され、コスプレーヤーに交じって楽しそうに写真を撮る外国人も見られる。同館広報の中村浩子さんは「マンガ技法を学ぶワークショップ参加や、『日本語のマンガを読みたい』と訪れる外国人が多い」と話す。

 大手旅行代理店もアニメ人気に注目した外国人対象ツアーを手がける。JTBグローバルマーケティング&トラベル(東京都)は昨年10月、秋葉原のアニメグッズ店やメイドカフェなどを訪れるツアーを企画。ジブリ美術館(東京都三鷹市)へのツアーも第2位の人気となるなど、世界に広がるマンガ、アニメの力強さを裏付ける。

 京都国際マンガミュージアムの表智之研究員は「日本のマンガの特徴は多様性と表現技法の細かさ。仏、米国では限られた層を対象にしたものしかないが、日本ではあらゆる性別・年代に向けた作品がそろっており、それが外国人の興味をひいている」とみる。

 日本を代表するキャラクター、「ハローキティ」も世界中で愛されている。キティは74年に誕生したサンリオ(本社・東京都)のキャラクターで、ここ10年でファッションモデルなどが火付け役となり、海外でも大人気。世界約70カ国で年間5万種類のキャラクターグッズが販売されている。

 大阪・心斎橋のサンリオギャラリー(大阪市中央区)は訪問客の約4割が外国人観光客で、着物姿のキティなど和風商品も多数そろえる。多くはアジア系外国人で、土産用に「メード・イン・ジャパン」の小物類を求める傾向が強いという。

 アニメやマンガはゲームやフィギュア、キャラクター、ファッションなどに至るまで波及し、「Cool(かっこいい)」と注目を集める。「ジャパンクールと情報革命」の著者の奥野卓司・関西学院大教授(情報人類学)は「マンガに代表される日本のポップカルチャーが生まれた背景には、江戸時代から続く日本文化の流れがある。日本の文化環境は独特で、これこそ他国にはないジャパンクール(かっこいい日本のもの)の源泉だ」とする。

 ◇「『坊っちゃん』の時代」の漫画家、谷口ジローさんに聞く
 「ドラゴンボール」「NARUTO」など海外で高まるマンガ人気。「『坊っちゃん』の時代」の作者、漫画家の谷口ジローさん(61)は細やかな作風が特徴で、海外にもファンが多い。そのマンガ人気について聞いた。

 自分のマンガが海外で人気の理由を聞かれるけれど、正直なところよくわかりません。外国の人には「物語が普遍的」「日常を描いたところが、これまでの日本の翻訳マンガと感じが違う」と言われます。描きたい物語をわかりやすく描いているだけだったので驚いています。自分のマンガの特徴の一つは、背景と人物の表情をしっかりと描き込むところでしょうか。背景には登場人物の心情も語らせる要素があると思うんですよ。現在の絵柄はいろいろと模索を繰り返す中で生まれた手法ですが、そういう明確な表現が海外の読者にも理解され、きっちりと読まれることで評価してもらえているような感じがします。

 マンガはどの国の人にもわかりやすく、表現媒体としても優れていると思います。今後もマンガの表現の可能性は大きいんじゃないかな。それは海外から評価を受けて感じたことです。

— posted by サイト管理者 at 06:22 pm  

選挙対策と党内世論

「政党人としての最大、最高の役職は総理・総裁でなく、幹事長だ。お前らも将来、幹事長になれるように頑張れ」

 自民党幹事長として1969年の衆院選を取り仕切り、勝利を収めた故田中角栄元首相は初当選した自派議員を集めると、こう発破をかけたそうだ。

 聞いていたのは、故奥田敬和、小沢一郎、故梶山静六、羽田孜、渡部恒三、綿貫民輔の各氏ら。このうち小沢、梶山、綿貫の三氏が自民党幹事長の椅子(いす)に座った。野党第一党の民主党で幹事長を務めた羽田氏も経験者に含めてよいかもしれない。

 党首より幹事長が偉いかどうかは首をかしげる向きが多いだろう。

 ただ、党首はどうしても儀礼的な行事に拘束されがち。特に自民党総裁の場合、河野洋平衆院議長を除く全員が首相に就任した。行政府の長になれば、興味のない政策課題の話も聞かなければならないし、国会審議に縛り付けられたりする。党務はもっぱらナンバー2の幹事長がみてきた。

 国会対策でいかに野党を丸め込むかや、次の選挙に向けた候補者調整や資金配分に頭を悩ませている方が賞状授与式に出ているよりも政治家らしい感じがするし、実際やりがいも大きいだろう。

 ちなみに自民党の幹事長室長として22人の幹事長に使えた奥島定雄氏は自著の中で「ナンバー1は角さん」と評する一方で「ただし、幹事長としては。総理大臣になっても幹事長のつもりだったから失敗した」と分析している。田中氏の言う「幹事長が最高」説の由縁が、この証言からも何となく分かるのではないだろうか。

 前置きが長くなったが、要は「幹事長とは何か」という話だ。9月の内閣改造・自民党役員人事の最大のサプライズは武部勤氏の幹事長就任だったが、永田町が驚いたのはただ単に武部氏が小派閥の中堅クラスだったからではない。これまで所属する山崎派でさえも選挙や資金といった仕事にほとんどかかわってこなかったからだ。

 武部氏は選挙対策の実務を担当する総務局長に小派閥の長である二階俊博氏を起用したが、こちらにはさほど疑問の声は出ていない。

 派閥の数の力にものを言わせて党内を抑え込むことができない点では二階氏も武部氏と同じだが、自民党を離れていた期間、小沢氏のもとで選挙対策に携わったり、小党ながら保守新党で幹事長を務め、党務に明るいからだろう。

 政治評論家の浅川博忠氏の著書「自民党幹事長というお仕事」は、よい幹事長の条件として(1)総裁の寝首をかかない(2)党運営を任せられる(3)選挙に勝てる(4)カネを集められる(5)党人事を公平にできる――を挙げている。

 総裁と対立する幹事長が最悪なのは、1978年に福田赳夫総裁を大平正芳幹事長が追い落としたことが翌年の「40日抗争」につながったことなどからもすぐ分かる。カネは最近はどの党も政党交付金が中心になってきており、昔ほどはカネ集めの能力は問われていない。

 となると、幹事長の仕事の中心は、選挙対策と党内世論のとりまとめということになろう。

 民主党の9月人事では、岡田克也代表が小沢氏を執行部に取り込もうとして「候補者調整などをある程度任せるので総合選挙対策本部長に就任してほしい」と要請した。

 小沢氏の答えは「それは幹事長の仕事だ」。岡田氏より優位に立とうとする小沢氏の政治姿勢の是非はさておき、選挙対策こそが幹事長の職務であり、それを切り売りすることはできないという理屈には一理ある。

 一方、自民党では小泉純一郎首相と距離を置き始めた安倍晋三氏をいかに執行部内に引き留めるかが焦点だったが、こちらは幹事長代理かつ新設した党改革本部長に就任することで一件落着した。

 安倍氏は党改革として取り組んできた「開かれた候補者選考」などに引き続き取り組むという。候補者予備選制度の整備などが課題となるが、現実の候補者調整にもかかわることになるのだろう。

 安倍氏の属する森派の幹部である中川秀直国会対策委員長は自身のホームページで安倍氏の人事について「全国津々浦々に出かけて民意に対して繰り返し説明責任の先頭に立たなければならないのが役回り」と解説している。

 人気者には人寄せパンダになってもらわなければ困るというニュアンスならば大したことはないが、世論への訴えかけも安倍氏の仕事と考えると、武部氏に残された仕事はあまりない。

 走り始めたばかりの武部氏をはなから「軽量幹事長」と揶揄(やゆ)するつもりはない。だが、自分の仕事の範囲はどこになるのかをはっきりさせ、何をすれば手柄になり、何ができないと落ち度になるのかを知っておかないと頑張りようがないという気がするのだが……。

— posted by サイト管理者 at 07:11 pm  

御陵は三島の藍の御陵なり

24代仁賢天皇
意・命(おけのみこと)、石上の廣高宮に坐してまして、天の下治らしめしき(奈良県磯城郡)。没年、御年の記載なし。
25代武烈天皇
小長谷若雀(おはつせのわかささのみことぎ)、長谷の列木宮(なみきのみや)に坐してまして、天の下治らしめすこと八歳なりき(奈良県磯城郡)。没年記載なし。御陵は片岡の石坏のおかにあり。
26代継体天皇
哀本柕(おほとのみこと)、伊波禮の玉穂宮(たまほのみや)に坐してまして、天の下治らしめしき(奈良県磯城郡)。四十三歳(よそじまりみとせ)丁未の年の四月九日に崩りましき。丁未の年の四月九日に崩りましき。御陵は三島の藍の御陵なり(大阪府三島郡)。
27代安閑天皇
広国押建金目(ひろくにおしたけかなひのみこと)、勾(まがり)の金箸宮(かなはしのみや)に坐してまして、天の下治らしめしき(奈良県高市郡)。乙卯の年の三月十三に崩りましき。御陵は河内の古市(ふるち)の高屋村にあり(大阪府南河内郡)。
28代宣化天皇
建小広国押楯(たけおひろくにおしたてのみことのみこと)、檜垌(ひのくま)の廬入野宮(いほりののみや)に坐してまして、天の下治らしめしき(奈良県高市郡)。没年、御年の記載なし。
29代欽明天皇
天国押波流岐広庭(あめくにおしはるきひろにわのみこと)、師木島の大宮に坐してまして、天の下治らしめしき(奈良県磯城郡)。没年、御年の記載なし。
30代敏達天皇
沼名倉太玉敷(ぬなくらふとたましきのみこと)、他田宮(をさだのみや)に坐してまして、天の下治らしめすこと、十四歳なりき(奈良県磯城郡)。甲辰の年の四月六日に崩りましき。御陵は川内の科長(しなが)にあり(大阪府南河内郡)。
31代用明天皇
橘豊日(たちばなのとよひのみこと)、池邊宮に坐してまして、天の下治らしめすこと、三歳なりき(奈良県磯城郡)。丁未の年の四月十五日に崩りましき。御陵は石寸(いはれ)の掖上(いけのうえ)にありしを、後に科長の中の稜に遷しき(奈良県磯城郡)。
32代崇峻天皇
長谷部若雀(はつせべのわかささぎのみこと)、倉橋の柴垣宮(しばかきのみや)に坐してまして、天の下治らしめおと、四歳なりき(奈良県磯城郡)。壬子の年の十一月十三日に崩りましき。御陵は倉椅の岡の上にあり(奈良県磯城郡)。
33代推古天皇
長谷部若雀(はつせべのわかささぎのみこと)、小治田宮(をわりたのみや)に坐してまして、天の下治らしめすこと、三十七歳なりき(奈良県高市郡)。壬子の年の十一月十三日に崩りましき。御陵は大野の岡の上にありしを、後に科長の大き稜に遷しき(奈良県宇陀郡)。
[表示]表・話・編・歴日本神話

文献 古事記 - 日本書紀

開闢神話 天地開闢 - 国産み - 神産み

高天原神話 アマテラスとスサノオの誓約 - 岩戸隠れ

出雲神話 ヤマタノオロチ退治 - 因幡の白兎 - 大国主の神話 - 大国主の国づくり - 葦原中国平定

日向神話 天孫降臨 - 山幸彦と海幸彦 - ウガヤフキアエズ

人代 神武東征 - タギシミミの反逆 - 欠史八代

その他 日本神話における食物起源神話 - 国引き神話



[編集] 歌謡
『古事記』は物語中心の記述法であるが、そのなかに多くの歌謡が挿入されている。これらの歌謡のなかには、もと民謡や俗謡であったものが、物語に合わせる形で適宜はめこまれたというものが相当数含まれている可能性が高い。

ウィキクォートに日本神話に関する引用句集があります。
[編集] 写本
現存する『古事記』の写本は大きく「伊勢本系統」と「卜部本系統」に分かれる[6]。

現存する『古事記』の写本で最古のものは、「伊勢本系統」の1371年から翌1372年にかけて真福寺[7]の僧・賢瑜によって書写された真福寺本古事記三帖(国宝)である。奥書によれば、祖本は上・下巻が大中臣定世本、中巻が藤原通雅本である。道果本(上巻の前半のみ。1381年写)、道祥本(上巻のみ。1424年写)、春瑜本(上巻のみ。1426年写)の道果本系3本は真福寺本に近く、ともに伊勢本系統をなす。

その他の写本はすべて卜部本系統に属し、祖本は卜部兼永自筆本(上中下3巻。室町後期写)である。

よくまとまっています。

— posted by サイト管理者 at 05:26 pm  

クリのような味

このように、サツマイモは飢饉時に多くの人を飢えから救ってきた。

1898年、埼玉県木崎村の主婦山田いちが、従来のサツマイモより遙かに甘い突然変異種・紅赤を偶然発見する。サツマイモの位置づけが、飢饉食から美味しいおやつへと変わる第一歩である[要出典]。
各地にサツマイモの伝来の逸話がある。→ 愛媛県大三島では1711年にサツマイモを伝えその後の飢饉を救った下見吉十郎を顕彰した「いも地蔵」、隣の広島県大崎上島沖浦の恵比寿神社にある「さつまいもの碑」など。
サツマイモは栽培しやすいことから、太平洋戦争後の食糧難の時期にも、国民の食を支えてきた。しかしながら、食糧事情が良くなるに従って、次第に果樹等に置き換わり、サツマイモはあまり顧みられなくなった。一方、品種改良によって甘みを増した事から、むしろ飢饉食・主食の代替というより、おやつ、お菓子の原料とみなされるようになった。
近年、健康食品や、いも焼酎の原料として注目されている。
(出典:さつまいも通信さつまいも通信 参考文献:薩摩藩「三国名勝図絵」ほか)

[編集] 食

[編集] 栄養価
でんぷんが豊富。またビタミンCや食物繊維を多く含み、便秘やダイエットに効き目があるとして、人気がある。加熱してもビタミンCが壊れにくい特長がある。


[編集] 調理法
60℃程度で長時間加熱すると、デンプンを糖化する酵素が働いて甘味が増す。石焼き芋やふかし芋はこの性質により甘味を最大限引き出す調理法である。また天ぷら、スイートポテトや大学イモ、キントン、スナック菓子、干し芋などに加工されることが多い。生のまま日光に晒しておくことにより、より甘味度が増す。灰汁が多いので、切ったらすぐに水に晒す。

若い茎と葉も煮れば食用となり、煮物や甘露煮などにして食べる事もある。沖縄県では「カンダバー」と呼ばれ味噌汁の具などに用いられるほか、朝鮮半島ではナムルの材料とする。


[編集] 原料・飼料としての利用

[編集] デンプン
サツマイモからはデンプンがとれ、主に春雨の原料となる。

[編集] 砂糖
原料としてサツマイモを用いた砂糖は甘薯糖と呼ばれる。

[編集] 焼酎
焼酎の原料にもなる(芋焼酎)。コガネセンガン(黄金千貫)が有名だが、ジョイホワイトや紅芋など多様な品種が用いられる。2000年代には焼酎ブームによりサツマイモ不足に陥った。また、中小建設業者が多角化の一環としてコガネセンガンの栽培に取り組む例もみられる。

[編集] 飼料
黒豚のえさ
「かごしま黒豚」の定義では、肥育後期に飼料含量あたり20%のサツマイモを与える事が義務付けられている。サツマイモは豚肉の甘みなどの質の向上に影響し、かごしま黒豚のうま味とやわらかさはサツマイモが原因と、科学的に証明されている。[要出典]

[編集] 文化
石焼き芋
石焼き芋の屋台は秋から冬にかけての風物詩。「いしやきぃいも~」という特徴のある呼び声や、地域によってはピヨーーーーという独特の笛の音を響かせて町を巡る。この笛は芋を焼く窯に取り付けられており、排気ガスの圧力で鳴る仕組みになっている。
甘古呂餅(かんころ餅)
甘古呂餅は長崎特産の甘藷(サツマイモ)を薄く輪切りにし、湯がいて天日で干し上げもち米と蒸して搗き合わせ、お餅に仕上げたもの。かつてもち米の貴重だった時代にその量を増やすために作られ、冬の間の貴重な保存食でもあった。長崎の崎戸・大島、五島などの島々では今でも各家庭の伝統として伝わっている。
くりよりうまい
往時、「クリのような味」を「九里に近い」とかけて、「八里半」という名も生まれていた。この呼び名は今日でも、やや転訛したハッチャンという形で長崎県諫早地方に伝わっている。なお、隣接する島原半島内ではハチリ(八里)の呼称が一般的である。
その後、焼き芋の行商等によって「九里(栗)より(四里)美味い十三里」(9+4=13)という売り言葉も派生した。これは、サツマイモの産地として知られた武蔵国川越(現在の埼玉県川越市)が、江戸から川越街道で十三里半の距離にあったことに由来すると言われており、「九里(栗)より(四里)美味い十三里半」という言い回しもある(ただし、この由来には諸説がある)。
同様に、愛媛県の佐田岬半島地域でも、佐田岬半島の長さが約13里であることから、かつては(昭和の初期頃)「栗よりうまい十三里」と言われてきた。なお、同半島は火山灰地の混じる土壌でサツマイモの産地でもある。
いずれにせよ、かつて「栗に近い」と言われていたサツマイモが「栗より美味い」と言われるようになったのは、明治以降の品種改良によるものである。
芋掘り
秋、サツマイモの「芋掘り」を観光農園などで体験することができる。サツマイモは収穫しやすく、探り掘りの楽しみもあるうえ、掘った後の調理も比較的簡単であるので、学校行事等で芋掘りを行うことも多い。幼稚園・保育所などでは、秋の行事として定着しているところも少なくない。収穫したイモを園庭で焼き芋にして食べる園もある。
芋堀をテーマとする本
『ねずみのいもほり』 ISBN 4-89325-199-6
『さつまのおいも』 ISBN 4-494-00563-0
『おおきなおおきなおいも』 ISBN 4-8340-0360-4

参考にしてください。

— posted by サイト管理者 at 11:21 am